表題: | [ism-topics.156] Gourmet of Class-C (Mozzarella) |
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投稿者氏名: | 今井 祐之 |
投稿日時: | 1999/11/23 05:25:27 |
ジャンル: | 連載記事(C級グルメ) |
コード: | 地方差別 |
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ISM研究会の皆さん,人生のスパイスこと今井です。C級グルメやられた君, 番外編,本日のやられた大賞です。とってーも,フレッシュなお話です。 ************************************************** やられたたいけん【やられた体験】(名詞)皿がフリスビーに見える幻覚に襲 われること。星一徹になる夢を見ること。──『政治的に正しい料理用語大辞 典』(高天原出版社,第二版)より これまで私は,何が“やられた体験”であるのかを明確にしていなかった。 私が“やられた”と思うのは,食事において殺意を覚えるときである。一人一 殺の覚悟を決めるときである。だが,誰にでも失敗はある。私も各方面で“左 の頬をぶたれたら,今井の頬を出せ”とまで言われている人格者である。それ では,いかなる時にそうなるのか。 ハッキリした法則性はない。その日その日の気分とか体調とかによっても違 うだろう。大体,旨い不味いなんてのは主観的なものだ。それに最初から不味 いと思っているものが不味かったとしても,殺意を抱くことはない。やはり上 手いに違いないと思って不味かった場合に,怒りが倍増するのだ。 一つは金銭と見合っているかどうかである。マクドナルドだとか松屋だとか でやられた体験をすることはない。何も恐れることはない。なにしろ私はデニ ーズのコーヒーを飲んだことがあるのだから[*1]。 [*1]営業妨害にならないように言っておくが,これは10 年以上前の話である。最近のデニーズのコーヒーは随分 とよくなった。少なくとも,飲み物になった。 とは言っても,それも程度問題である。高校の最寄り駅にあった中華料理屋 で炊飯ジャーから炒飯が出てきた時,大学の最寄り駅にあったハンバーガー屋 で覚醒剤入りのフライドポテトを食べた時は,いくら安くてもさすがに,“や られた”と思ったものだ。 なお金銭と見合っていなければならないというのは,何も大手外食店に限っ たことではない。街の小さな飯屋でも,安価な店であれば,多少不味くても我 慢しなければならないのは当然のことだ。 そうすると,今日の貴重な体験は,料理屋で食べた話ではないが,一応,や られた体験と言えるだろう……。 ************************************************** 私は今日(1999/11/23,あっ,もう昨日か),夕食の材料を選ぶ時間がなか ったから,手っ取り早く新宿高島屋で全部揃えることにした。総ての材料を買 ったつもりが何か足りない。そう言えば,この前,古くなった生ハムをオリー ブ油でクロッカント(かりかり)に炒めてミキサーにかけておいた。おまけに バジルと季節外れのトマトがある。バジル風味のトマトポタージュを作ろうと 思っていたのだが,変えよう。そうだ,モッツァレラチーズを買おう。 私は高島屋のチーズ売り場に行った。ところが,よく買っている安物のモッ ツァレラ(森永乳業;360円)がないではないか。但し水牛のモッツァレラ (直輸入)はある。これは確かに,旨い。かなり,旨い。だが,\1,500, 一五〇〇円,壱千伍百圓だ。 私は躊躇した,足踏みした,ためらった。──いつものように。いつもな ら,ここで諦めていることだろう。だが,いつもの私でいいのか? 私は変わ らなければならないのではないか? 私はもはや嫌われ者の芋虫から華麗な蝶 に変身しなければならないのではないか? 大体からして関東の人間は,買い物において臆病でいけない。テレビの奥様 番組に出てくる関西人のおばちゃんたちは,ケチつけたり値切ったり,みな勇 気がある人たちばかりではないか。その上,ケチであっても,ここぞという時 には金を惜しまず,思い切って買うではないか。 私は高校卒業以降,長い間,関西人撲滅協会(会員二名)の会長の大任を努 めてきた。だが,それも今日で辞任せねばならぬ。もはや退路は絶った,前進 あるのみ。そう,私も勇気を出して関西人になろう。いや,なろう,ではな く,なるしかないのだ。その時,私の脳裏にあの有名な一節が蘇ってきた。 この革命ちゅーんはな,自分で立てよった目的がごっつー大きいことにびっく らこくさかい,ぎょーさん後戻りするんやけどな,やがては絶対に後戻りでき へん情勢が作り出されよって,諸関係自身がこないに叫ぶんや ここがロードスや,跳んでみんかい,ワレェー ここにバラがあるやんけ,踊ってみんかい,ボケェー ──「ルイ・ボナパルトのブリュメール18日でっせぇ」,『関西語版マルクス 著作集』,通天閣出版社,第3巻,第128頁 私は関西人になりきって,チーズコーナーの担当の店員に言った。 「ワテがナニワのアキンドだす。儲かりまっか? ぼちぼちでんがな」 「何をお探しですか?」 「うち,このモッツァレラチーズ,欲しいわーん」 最初は商人風で攻めたつもりがいつの間にか女言葉になった。だが,これは 仕方がないことだ。奥様番組に出てくる買い物の達人はみんな女性だからだ。 なにしろ袋詰めされているから中身を確かめることはできないが,これは期 待できる。以前,同じメーカーのものを伊勢丹で買った時には,舌の上でとろ けていったではないか。 家に帰って,ソースを作る。シンプルなのがいい。レモン・水・塩を混ぜた ものとオリーブ油を合わせて軽くステアする。その上に黒胡椒を中引きで振り かける。ソースを引いた皿の上に,トマト・バジルを切って円形に盛りつけ る。後はモッツァレラを切って並べて,仕上げに生ハムオリーブソースを上の ソースの中に散らすだけだ。 袋を開けた。なにかおかしい。切ってみた。なにかおかしい。食べてみた。 なにかおかしい。 どうも表面部分が硬化しており,中身がすかすかになっている。──古かっ た。 ご存じのように,古くなったフレッシュ・モッツァレラほど不味いチーズは ない。私はこんなもんに1,500円を出したのだ。私はやはり慎重であるべきだ った。石橋を叩いて引き返すべきであった。 関西人撲滅協会会長を辞任したのは間違いだった。任期(無期)を全うする べきだった。いや,今からでも遅くはない。もう一度会長職に返り咲こう。